高校 能登半島地震復興支援研修

2026.1.15

12月23日(火)・24日(水)の2日間、本校では能登半島地震後の復興支援研修の一環として、立命館大学理工学部と連携し、石川県能登地域を訪問しました。本研修には本校生徒12名が参加し、被災地の現状を学ぶとともに、地域の方々や同世代の高校生との交流を通して、復興を「自分ごと」として捉える学びを深めました。

【12月23日(火)】能登の現状を知る
早朝6時40分に京都駅に集合し、現地へ向かいました。
 13時には黒島地区に到着しました。震災から2年が経過し、公費解体が進む中で、事前に実施していた2024年9月の調査時と比べても更地が増えている様子が確認できました。時間の経過とともに、被災を機に地域を離れた人々の生活が新たな土地で定着し、元の地に戻る意識が薄れていく現実がある一方で、若い世代による地域活性化に期待を寄せる地元の方々の思いが交錯していることを学びました。
 黒島地区では、「黒瓦・下見板張り・格子戸」といった伝統的建築様式を守りながら、カフェや観光資源を活用した取り組みを進め、全国からの移住希望者を受け入れる体制づくりが進められていました。地域全体で少しずつ、伝統的な街並みの復興を目指している様子が印象的でした。
続いて14時40分には輪島地区を訪問し、輪島市職員の尾田さんの案内のもと、日本三大朝市の一つである輪島朝市周辺を巡検しました。震災時の火災の影響により、現在もなお大規模な更地が広がっており、運動公園をはじめとする公的な広場には仮設住宅が立ち並ぶ状況が続いていることを知りました。震災から2年が経過した現在でも、仮設住宅の入居率は高いままであり、復興の道のりの長さを実感しました。
 その後、石川県輪島漆芸美術館を訪問し、日本を代表する伝統工芸である「輪島塗」が、いかに高い技術を確立しながら今日まで受け継がれてきたのかについて、学芸員の方の解説を通して理解を深めました。地域の文化・伝統を守り続けることも、復興の重要な一側面であることを学ぶ機会となりました。

【12月24日(水)】田鶴浜高校との交流と駅舎装飾活動
 24日は雨予報でしたが、天候にも恵まれ、予定通り午前中の活動を行うことができました。9時前に田鶴浜駅に到着すると、ホームで待っていた田鶴浜高校の生徒・教職員の皆さんから温かい歓迎を受けました。
 一行は駅を後に、「タツルエ(かたろう亭)」へ移動し、交流の趣旨確認とともに、2024年元日に発生した大地震当時の様子についてお話を伺いました。「地面全体が波打つように揺れた」「電柱が車のワイパーのように動いた」といった生々しい証言から、想像を超える揺れが地域を襲ったことが伝わってきました。田鶴浜地域は輪島市と比べると被害は少なかったものの、震度6強に見舞われた駅周辺では家屋倒壊も見られ、当日も解体作業が進む中、周囲には多くの更地が残っていました。
 10時30分からは、田鶴浜駅舎の装飾活動に取り組みました。生徒たちは組子班と凧制作班に分かれ、それぞれの作業を進めた後、駅舎で合流しました。小窓仕様に仕立てられた組子装飾は駅舎渡り通路の壁面に、凧は改札フロアに飾り付け、さらに正月用の門松を駅正面に設置しました。作業を共にした地域の方々と記念撮影を行い、復興の記念となる温かな空間を創り上げることができました。
 11時40分には田鶴浜高校へ移動し、七尾市特産のまんじゅうとクラブハリエのリーフパイを交換して昼食を共にしました。食後には赤島校長先生より、発災直後からの学校の状況や、教育を止めないために教職員が奮闘した日々についてお話を伺いました。看護大学を間借りしての授業再開や卒業式の実施など、想像を絶する3か月間の歩みは、生徒たちに強い印象を残しました。
 特に印象的だったのは、震災直後のトイレ事情をはじめとする衛生環境の厳しさについてのお話でした。日常では意識しにくい「備え」の重要性を、どの地域でも起こりうる課題として改めて考えさせられる時間となりました。
 本研修を通して、生徒たちは被災地の現実を知るとともに、地域の方々や田鶴浜高校の生徒との交流を通じて、復興に向けた多様な取り組みや思いに触れることができました。今回得た学びやつながりを大切にし、今後も地域と関わる学びを継続していきたいと考えています。

田鶴浜高校の皆さん、立命館大学理工学部の先生方、ふるさとの駅を守る会をはじめ、ご協力いただいたすべての皆さまに心より感謝申し上げます。