YAHOO!知恵袋の昨年9月の記事に、次のような投稿が載りました。

中学生なのですが、なぜ学校では自分を大切にする方法を教えてくれないんでしょうか。 自分が小中の道徳などでは「他人を尊重する」などは何度も何度も習いました。〔中略〕でも思い返してみると「自分を大切にする」というような事を習った覚えがありません……自分は過去に自分を大切に思えなくなり、「相手を尊重する」ことばかりをしていたら苦しくなって鬱病になりました。 なので私はその経験から「自分を大切にする」大切さを知りました。でも学校では教えてくれません…その経験があってもなお自分を大切にする方法がまだよくわかりません。(1)

そして、投稿者によると、「自分を大切にできなかったら本当の意味での相手への尊重が生まれない」と考え、学校の先生に「自分を大切に思える授業をして欲しい」と言ったところ、「大人の世界では相手への尊重は自己犠牲から生まれるからそれを勉強する事が社会勉強なんだ」と言われてしまった、とのことでした。(1)

なかなか考えさせられる質問だと私は思いました。

 

確かに、本校は「学びで社会を変えるGame Changer」を掲げ、「社会課題を解決する」ことを重視した教育を行っており、生徒には「他人を尊重する」ことを求めています。

また、京セラ株式会社を創業した稲盛和夫さんは、「利他の心」を会社の哲学として掲げています。稲盛さんは、「より良い仕事をしていくためには、自分だけのことを考えて判断するのではなく、まわりの人のことを考え、思いやりに満ちた「利他の心」に立って判断をすべき」との信念の下、京セラを世界的な企業に成長・発展させてきました。(2)

このように、「他人を尊重する」ことには、普遍的な価値があると言えます。

 

ただし、「利他」という言葉は仏教の用語であり、もともとは「自利利他」という言葉であることに注意が必要です。

「自利」とは「自己の修行により得た功徳を自分だけが受けとること」であり、「利他」とは「自己の利益のためでなく、他の人々の救済のために尽くすこと」です。つまり、「自利自他」とは、「この両者を完全に両立させた状態に至ること」なのです。(3)

つまり、「自分のためか、他人のためか、どちらなのか」と対立的に捉えるのではなく、「自分のためでもあり、他人のためでもあり、それらを合わせることが大事だ」というわけです。

 

したがって、もし私が知恵袋の質問者に回答するとしたら、次のように述べるでしょう。

大変良い質問をいただきました。

あなたは、学校で「他人を尊重する」ことばかり言われる中で、自分を大切に思えなくなり、苦しい思いをしたのですね。その経験から、「自分を大切にできなかったら本当の意味での相手への尊重が生まれない」との考えに至ったことは、とても素晴らしいことだと思います。

あなたは、他の誰とも交換することができない、この世界で唯一の大切な存在です。だから、まずは自分自身を大切にして下さい。

実は、立命館守山もあなたと同じ問題意識をもっており、「他人を尊重する」ことと「自分を大切にする」ことのどちらが大事かではなく、「両方が大事である」ことを学校の基本方針として新学期から掲げる予定にしています。私は立命館守山を、自分と他者を尊重する、相互リスペクトにあふれた学校にしたいと決意しています。

 

※2025年3月17日修了式での講話の一部を加筆修正しました。

注釈
(1) 「YAHOO!知恵袋 2024/9/15」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12304036482

(2) 「稲盛和夫 オフィシャルサイト」
https://www.kyocera.co.jp/inamori/about/thinker/philosophy/words25.html

(3) 「精選版 日本国語大辞典」による。