何のために生まれて 何をして生きるのか
─本当の正義とは何か─
この春、NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」がスタートしました。
「アンパンマン」の作者で漫画家やなせたかしと暢(のぶ)夫婦の人生を描く「愛と勇気」の物語です。
一週目から波瀾万丈の展開で、我らが「アンパンマン」の誕生まで、この先どんなドラマが待ち受けているのか、私も楽しみになりました。
さて、やなせ氏はなぜ「アンパンマン」という作品を生み出すに至ったのでしょうか。
やなせ氏は、自身の戦争体験から、「向こうが非常に悪いから、正義のためにやるんだって言うけど、正義の戦争なんてものはない。間違いなんです(1)」とし、次のように語っています。
正義っていうのは、立場が逆転するんですよ。僕らが兵隊になって向こうへ送られた時、これは正義の戦いで、中国の民衆を救わなくちゃいけないと言われたんです。ところが戦争が終わってみれば、こっちが非常に悪い奴で、侵略をしていったということになるわけでしょう。〔中略〕ようするに、戦争には真の正義というものはないんです。しかも逆転する。それならば逆転しない正義っていうのは、いったい何か?(1) |
現在、世界では多大な犠牲者と都市や自然の破壊をもたらす戦争が継続しています。そこでは、「自分が正義だ。正義のために相手を傷つけることもやむを得ないんだ」という理屈により戦争の正当化がなされています。「正義っていうのは、立場が逆転する」との指摘は、残念ながら、戦後80年を迎える現代においてもあてはまる現実があります。
そしてやなせ氏は、「逆転しない正義」として「困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場や国に関係なく『正しいこと』(1)」であると結論づけています。
こうした考えから、やなせさんが作った最初のアンパンマンは、人間(おじさん)が世界中の飢えた子どもにあんパンを届けるヒーローでした。しかし、これは誰にも理解されず、出版社の人からは「こんな馬鹿馬鹿しいものを描いても、読者には喜ばれませんよ」と言われてしまいます。でも、やなせ氏は「受けなくてもこの話は描き続ける」と決意し、いろいろ考えたすえ、現在の「アンパンマン」の原型を絵本にしたのです。
ある日テレビのディレクターが、自分の子どもが通う幼稚園に行ったら、ある一冊の本だけがボロボロになっているのを見つけます。「なぜこの本だけボロボロに?」と聞くと、先生は「この本ばかり子どもたちが読むので、いくら買い換えてもすぐボロボロになってしまうんです。」と答えます。その本こそ「アンパンマン」でした。子どもたちには、やなせ氏の思いが通じたのでしょう。これがきっかけでアニメ放映され、大ヒットしました。やなせ氏は、その時69歳、遅咲きの春でした。
立命館学園の建学の精神「自由と清新」、教学理念「平和と民主主義」をふまえ、立命館守山中学校・高等学校は、「Game Changerが育つ」学校になることを目的に掲げています。Game Changerとは、「常識に囚われることなく、自由なアイデアによって常識そのものを見直し、世のため人のために社会を変える人」という意味です。
従来のヒーローものと異なり、「本当の正義とは何か」という新たな価値を世の中に提示し、社会に影響を与えた「アンパンマン」は、そして作者のやなせたかし氏は、まさに絵本・漫画・アニメ界のGame Changerと言えるのではないでしょうか。
「何のために生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのはいやだ」(2)
ドラマ「あんぱん」の続きが楽しみになってきましたね。
※4月10日の中学・高校入学式式辞に一部加筆しました。
注釈
(1) やなせたかし『何のために生まれてきたの?』PHP文庫、2024年。
(2) 「アンパンマンのマーチ」の歌詞の一節。