バリアバリューに生きる
─車椅子で社会を変える若手起業家─
熱い想いと決意に満ちた言葉が、会場全体を包み込んでいました。
2018年1月、立命館大学朱雀キャンパスでの講演会に一人の若者が登壇しました。車椅子に乗った29歳の青年、株式会社ミライロ代表取締役社長の垣内俊哉さんです。在学中の2010年、彼は仲間とともに大きな夢を抱いて起業しました。それは、誰もが自分らしく生きられる社会の実現──その崇高な理想を胸に、障害者や高齢者が直面する社会の壁に立ち向かう挑戦の始まりでした。
幼い頃から骨形成不全症と向き合い、車椅子での生活を余儀なくされた垣内さん。「自分の足で歩きたい」という切なる願いは叶わず、幾度となく絶望の淵に立たされました。しかし、その経験こそが後の彼の原動力となっていきます。
人生の転機は、思いがけない形でやってきます。起業資金を貯めるためのアルバイト先で営業の仕事を任されたのです。当初は戸惑いと不安を感じながらも、垣内さんは果敢に挑戦します。
階段や段差という建物のバリアに阻まれ、他の営業担当者の4分の1ほどしか企業を訪問できない日々。しかし、その「制限」を逆手に取った垣内さんの戦略が、驚くべき結果を生みます。「車椅子だからこそ、相手の記憶に残る。だからこそ、より深い信頼関係を築ける」─その発想の転換が、見事に社内トップの営業成績に結実します。
この体験から生まれた気づきは、後に「バリアバリュー」という革新的な企業理念へと昇華されていきます。障害は克服すべき壁ではなく、新たな価値を生み出す源泉となり得る──その深い洞察が、社会を変える大きなうねりとなっていくのです。
人にはそれぞれ、弱点や短所、苦手なことがあります。トラウマやコンプレックスがある人もいます。しかし、それらは克服すべきでも、取り除くべきでもありません。今まで「バリア」として捉えていたことも、考え方や周囲の向き合い方次第で「強み」や「価値」に置き換えることができます。バリア(障害)をバリュー(価値)に変え、私たちは社会を変革します。(1) |
垣内さんは訴えます。障害は人ではなく、社会の側に、そして私たちの意識の中にあると。その象徴的な例が、垣内さんの提唱した「ユニバーサルマナー」という新しい概念です。例えば、あるレストランで、スタッフが車椅子の人をテーブルに誘導する際、配置してある椅子をよけて、空いたスペースに車椅子の人を案内したとします。しかし、車椅子の人の中には、普通の椅子に移って食事をしたい人もいるはずです。だから、こういう場合は、「椅子に移られますか。それとも、車椅子のまま食事なさいますか。」と選択肢を提示することがユニバーサルマナーなのです。ミライロが開発した、障害者や高齢者への適切な支援のあり方を示す「ユニバーサルマナー検定」は、またたく間にサービス業を中心とする企業に広がり、2024年には認定者数20万人を突破しています。
その影響力は留まることを知りません。自治体が交付する紙の障害者手帳をデジタル化し、スマホアプリとして利用できるよう開発した「ミライロID」は40万人を超えるユーザーと4,000社を越える事業者に広がり、社会に絶大な利便性をもたらしています。
昨年1月、立命館大学衣笠キャンパスで再び垣内さんにお目にかかる機会がありました。高校生たちの前で語る彼の言葉には、4年前と変わらぬ情熱が宿っていました。新たな価値で社会に希望を生み出す「Game Changer」の姿が、そこにはありました。
注釈
(1) サイト「株式会社ミライロ/企業理念」
https://www.mirairo.co.jp/company/vision
(2) 垣内俊哉さんは、以下の著作を書かれています。中学生は2冊目が読みやすいでしょう。
『バリアバリュー 障害を価値に変える』(新潮社、2016年)
『10歳から知りたいバリアバリュー思考 自分の強みの見つけかた』(KADOKAWA、2022年)
『バリアバリューの経営 障害を価値に変え、新しいビジネスを創造する』(東洋経済新報社、2024年)