「本当の自分」は一つではない
─まずは「自分へのリスペクト」から─
─まずは「自分へのリスペクト」から─
本校は、生徒のみなさんが身につけてほしい「マインド」として、4つの「リスペクト」を掲げています。リスペクトの対象は、「自分自身」「他者」「社会」「学び」の4つです。
「自分自身へのリスペクト」が一番目に置かれていることには、実は意味があります。自分自身をリスペクトできないと、他者や社会へのリスペクトを持つことが難しいからです。友人をはじめとする人間関係がうまく行かず、自分に自信が持てなかったり、自分を好きになれなかったりすることは、大人を含めて誰もが経験することです。
そこで今回は、自分をリスペクトするためのヒントについて考えてみることにします。
「高校デビュー」という言葉があります。国語辞典にも、「若者語で、高校入学を契機に、性格・外見・行動などを一新して周囲の人々に受け入れられるようにすること。KD。(1)」と解説されています。派生して、「中学デビュー」「大学デビュー」という使い方もありますね。この言葉には、デビュー前が「本当の自分」で、デビュー後は「作った自分」というニュアンスがあります。同じ現象を心理学では「ペルソナ」(ラテン語で「仮面」の意)と表現し、「外界に適応しようとして本当の自分を抑えてつくろった、社会的・表面的な人格。(2)」とされています。
つまり、「高校デビュー」や「ペルソナ」という言葉の背景には「本当の自分は一つだけである」という前提があるのです。では、「本当の自分は一つ」という考え方は正しいでしょうか?
芥川賞作家の平野啓一郎さんは、本当の自分は一つなのかを考え抜いた結果、「一つではない」という結論に到達しました(3)。
生徒のみなさんは毎日、友人、家族、先生など、多くの人と接しています。その時、相手によって自分のキャラクターが微妙に変化していませんか。例えば、友人Aといるとリラックスして冗談を言い合える自分がいる。でも友人Bといると少し緊張して言葉を選ぶ自分がいる。家族といる時、クラブの仲間といる時、好きな人といる時、それぞれ話し方や態度が違っているはずです。
この「特定の相手との関係の中で形成される自分のキャラクター」は、その相手とのコミュニケーションを繰り返すことを通じて、時間をかけて自分の中に形成されていきます。もし今、あなたと関係のある人が30人いるとすれば、あなたは30種類の自分を持っていることになります。それぞれ似ているようで、一つとして同じ自分はありません。あなたという人間は、これらの自分の集合体なのです。
平野さんは、この「特定の相手との関係の中で形成される自分のキャラクター」を「分人(ぶんじん)」と名付けました。
円グラフをイメージしてください。一つの円があなた自身、分割された一つひとつが「分人」です。30人と人間関係があれば、ピザを30等分するイメージです。ただし、関係の深い相手との分人は比率が大きく、関係の浅い相手との分人は小さくなります。好きな人の分人は比率が大きくなるでしょう。この円グラフ全体が、「自分らしさ」を表します。そして、これらの比率は時間の経過とともに常に変化していきます。
さらに言うと、「分人」をつくる相手は生身の人間だけではありません。憧れの有名人、大好きな小説や音楽、ペットの犬や猫も、あなたの「分人」をつくる要素になります。
「分人」の考え方をふまえれば、「高校デビュー」とは、新しい他者との出会いによって新しい分人を生み出す機会です。デビュー前もデビュー後も、すべてが本当の自分なのです。
この社会には様々な価値観、考え方の人がいます。その多様な人たちとコミュニケーションをうまく成立させるためには、多様な「分人」を自分の中に作ることが大切です。
自分という人間を全体として漠然と考えるのをやめて、「分人」単位で考えてみてはどうでしょうか。自分のことが好きになれない人は、自分の「分人」を一つずつ考えてみましょう。人は、なかなか自分の全部を好きだとは言えません。しかし、「あの人といる時の自分は好き」とは、意外と言えるのではないでしょうか。
ここで大切なことは、私たちが誰かを好きになる時、それは相手を好きなだけではなく、その人といる時の自分自身を好きになっている、ということです。それは、他人を仲立ちにした自己肯定だと言えます。
もし好きな「分人」が一つでも二つでもあれば、そこをきっかけに日々の生活を充実させることができるはずです。好きな「分人」を見つけ、増やしていくことによって、「自分へのリスペクト」ができるようになるはずです。
※本文は、平野啓一郎さんの論考を要約のうえ、構成しています。
※2学期終業式での校長講話の内容に加筆しました。
注釈
(1) 『スーパー大辞林 3.0』(三省堂、2006年-2008年。)
(2) 『新明解国語辞典 第七版』(三省堂、2011年。)
(3) 平野啓一郎『私とは何か ──「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書、2012年)。