大切なことを見るために学びつづける
─高校卒業生への最後のメッセージ─
─高校卒業生への最後のメッセージ─
高校3年生のみなさんが一年前に体験した海外研修の感想に、次のような言葉がありました。
| 英語はただのツールでしかなく、本当に大切なのは、「相手を知りたい」「伝えたい」という目に見えない熱意や、心の距離感なのだと気づきました。 スーツケースいっぱいのお土産よりも、この研修で得た自信や勇気、そして国を超えた友情といった、形のないものの方が、はるかに重みを感じます。 |
「目に見えない熱意」「自信や勇気」「友情」「形のないものの重み」。これらの言葉は、みなさんが体験の表面だけではなく、人間としての本質に触れたことを示しています。
こうしたみなさんの学びを受けて、高校生活最後のメッセージを送ります。
「人間」という言葉があります。そもそも、「人」と「人間」とはどう違うのでしょうか。
『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』の編集者として知られる佐渡島庸平さんは、かつてラジオ番組の中で次のように語っていました。
| 「人間」っていう言葉は、本当に深い言葉で、なぜこんな言葉が生まれたんだろうって考えるんです。人は見えるんだけど、人と人の間は見えないじゃないですか。見えない間によって僕らは人間になるわけですよね。だからそういうふうな関係だったりとか、感情だったりとか、見えないものをどういうふうに見ていくかってことが僕は重要だなって思ってて。(1) |
私たちは一人では「人間」にはなれません。他者との関係の中で、初めて「人間」になるのです。そして、その「間」は目に見えません。
これを聞いて、私はフランスの作家、サン=テグジュペリが書いた『星の王子さま』(2)を思い出しました。
この作品の中に「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。大切なことは、目に見えないんだ」という有名な一節があります。
王子さまは自分の星を旅立つとき、大切に育ててきた一輪のバラと、けんか別れをしてしまいます。やがて地球にやってきた王子さまは、5,000本もの美しいバラを目にし、自分が世話をしてきた一輪のバラが平凡に思えて、失望します。そこにキツネが現れ、王子さまに大切なことを教えます。
見た目の美しさだけなら、5,000本のバラは確かに素晴らしい。だけど、王子さまが一輪のバラを雨や風から守ったこと。バラの不平不満を、しんぼう強く聞いてあげたこと。そのために費やした長い時間。そうした「目に見えない関係性」こそが、王子さまのバラを、かけがえのない存在にしたんだよ。
つまり、本当に大切なのは、外見や見た目だけではなく、目に見えない、相手との関係性にある。ということです。みなさんがこれから歩む人生では、目に見えるものに、心を奪われることがあるでしょう。成績。肩書き。お金。確かに、目に見えるものにも価値はあります。しかし、それ以上に、目には見えない、人と人との間にあるものにこそ、本当の価値があるのです。
友人や家族との絆。誰かのために費やした時間。困難を乗り越えた経験。人を思いやる心。人と人との関係の中で育まれる信頼。リスペクトの精神。こうした目に見えないものこそが、みなさんの人生を豊かにし、みなさん自身を、かけがえのない存在にしていきます。
そして、この「見えないものを大切にする視点」は、みなさんの身近な人間関係だけでなく、これから向き合う広い世界においても、確かな羅針盤となります。
現代社会は、平和の危機、気候変動、人口減少、多様性の否定など、多くの課題を抱えています。みなさんがこれから出会う新しい環境でも、さまざまな課題や困難に直面するでしょう。課題や困難は、その現象は目に見えたとしても、その背景、原因、その意味は見えません。
でも、学び続けることによって、大切なことが、見えるようになります。学び続けることこそが、みなさんの人生を、より豊かなものにしていく──。
私は、そう信じています。
※2/28高校卒業式での校長式辞に加筆しました。
注釈
(1) 「歴史を面白く学ぶコテンラジオ #67」(2022年3月31日放送)
(2) サン=テグジュペリ作・内藤 濯訳『星の王子さま』(岩波少年文庫、1953年)