約1,400年前に成立した古代中国の王朝「唐」は、中国史上、最も平和で安定した黄金時代を築いたとされています。唐の初代皇帝高祖(こうそ)の次男であった李世民(りせいみん)は、後継者として第二代皇帝太宗(たいそう)となりました。太宗の言葉、および太宗と臣下たちとの問答は、『貞観政要』という古典として後世に伝わり、日本では平安貴族や武家政権における「帝王学」の書として読まれ続け、現代においても組織リーダー論の参考文献として多くの企業家に引用されているほどです

そこで今回は、『貞観政要』の中で最も有名な「三つの鏡」のエピソードを取り上げます。(1)

太宗は側近の者に言った。 「そもそも、銅で鏡を作れば、姿かたちを正すことができる。昔のことを鏡とすれば、国の興亡や盛衰を知ることができる。人を鏡とすれば、自分の良い点、悪い点を明らかにすることができる。私は、いつもこの三つの鏡を持っていたので、自分の過ちを防ぐことができた。」(2)

このように、「三つの鏡」は太宗が国家を運営する基本哲学とされています。

一つめの鏡は「銅の鏡」、つまりモノとしての鏡です。毎朝、鏡に自分の顔を写して、自分の表情や態度を客観的に見つめ直すことの大切さを教えています。特に太宗は自分が非常に厳しい表情、いわゆる強面(こわもて)であるとの自覚があったため、「臣下が上奏するたびに、必ず表情を和らげ、進言をしやすいようにして、自分の政治の長所短所を知るよう心がけた」(2)とされています。

二つめは、「歴史の鏡」です。歴史を学び、過去の君主がなぜ政治に失敗したのか、どうやって難題を解決したのかを学び、自分自身の行動に教訓化することを説いています。『貞観政要』には、太宗が随所に古代中国の古典や、歴代王朝の君主の発言を引用する場面が描かれ、太宗がかなりの読書家であることが見て取れます。

三つめは、「人の鏡」です。自分に率直に意見してくれる部下を持つことで、自分自身の誤りを正すことができるという教えです。太宗は、「諫議大夫(かんぎたいふ)」という「皇帝を諫(いさ)める」ことを主要任務とする側近を配置し、次のように発言しました。

「君主が己の過ちを知ろうとすれば、必ず忠臣の意見に頼らねばならない。君主が自分を賢者だと思い込めば、臣下は君主の過ちを正そうとはしなくなる。それでは、国が危うくならないようにと願っても無理な相談というものだ。〔中略〕そなたたちは、世の中の状況を見て、人民に不利益なことがあれば、遠慮せずに必ず正直に言って、私の過ちを正してほしい。」(2)

この「三つの鏡」は、現代を生きる私たちにも大きな示唆を与えてくれます。現代でも、目上の人に忖度(そんたく)して意見をいわなくなった結果、組織が停滞したり、消滅したりするという話はよくありますので、『貞観政要』がしばしば組織リーダー論として取り上げられる理由がよくわかります。

そして、「三つの鏡」は、中学生、高校生にとっても大いに参考になるのではないでしょうか。

「銅の鏡」は、毎朝必ずお世話になっているので、よくわかるでしょう。単におしゃれをすることにとどまらず、周囲の人は自分の表情・風貌をどう見るか、という視点で鏡を見直してみてはどうでしょうか。

「歴史の鏡」は、テストや受験で必要な「暗記するモノ」という狭い捉え方ではなく、人間が生きる上で必要な教養、現代世界に対するものの見方・考え方の参考書として、何歳になっても必要な鏡です。

「人の鏡」は、自分の弱点を指摘してくれる友人や仲間を持つことの大切さと言えるでしょう。SNSが進化し、人間同士の直接的な対話の機会が減少している現代だからこそ、この「人の鏡」の価値はますます高まっていると言えます。

『貞観政要』は多くの解説本が出版されているので、まずは手頃なものから読んでみてはいかがでしょうか。

 

※2月28日高校卒業式での校長式辞より、加筆・再構成しました。

注釈

(1) 「三つの鏡」は、立命館アジア太平洋大学前学長出口治明氏の著書『座右の書「貞観政要」 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」』(KADOKAWA、2017年)から示唆を受けました。

(2) 呉兢編・石見清裕訳注『貞観政要 全訳注』講談社学術文庫、2021年。「貞観」は当時の元号、「政要」は政治の要諦(ようてい」。