現在中学2年生で2年前の本校中学プレテストを受検した人は覚えているだろうか、国語の小説問題で「成瀬」が登場していたことを。

滋賀県大津市在住の小説家、宮島未奈氏の『成瀬は天下を取りにいく』が2024年第21回本屋大賞を受賞し、滋賀県発のホットな話題となっている。続編『成瀬は信じた道をいく』の帯には「シリーズ累計55万部突破!」とあり、相当人気のようだ。

この作品は、主人公の成瀬あかりを取り巻く人々──友人や地域の小学生、大人、父親、赤の他人等──が語り手となって、成瀬の突飛な言動と語り手の思いをユーモアたっぷりに描く意欲作だ。語り手が入れ替わる各短編は、一見別のエピソードであることを思わせつつ、最後には一つのストーリーに収斂していくという構成になっている。

例えば、中学生の成瀬は閉店が決まった西武大津店への思いをさりげなくアピールするために、西武ライオンズのユニフォームを着て毎夕のローカルTVニュースに映る行動に出る。学校の文化祭に出演するために友人と結成した漫才コンビでM1グランプリに挑戦する。高校入学の初日から丸坊主で登校し周囲を驚かせる。大学入学後びわ湖大津観光大使に就任し意外な方法で大活躍する。それぞれが独立した短編作品として成立しており、途中から成瀬が絡んできて、最終的には全体を通じて成瀬あかりという人物の成長が浮き彫りとなる、まるでジグソーパズルのような仕掛けである。

作品構成の見事さはいったん措(お)くとして、成瀬あかりという人物はなぜ読者を魅了するのだろうか。

一つ目は、成瀬の独特の口調にある。彼女は日常会話において、「です・ます体」ではなく「である体」でしゃべるのだ。例えば次のような調子である。

「八月になったらぐるりんワイドで西武大津店から生中継をする。それに毎日映るから、島崎にはテレビをチェックしてほしい」
「島崎、わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」
「今日は五時から小学校でときめき夏祭りの打ち合わせがある。晩ご飯は食べてくるから不要だ」(1)

試しに「である体」で相手と会話してみてほしい。間違いなく円滑なコミュニケーションは成立しない。しかし、その違和感をとことん貫くところがかえって成瀬の魅力となっているのだ。

二つ目に、成瀬は常に目標を設定し、その実現をめざすという点である。作品中では、すべての目標を達成できるわけではないが、たとえ未達成だとしても、読者は不思議な「達成感」を味わう。未達成なのに「達成感」を味わうのはなぜか。それは、成瀬が常に全力を尽くすからである。

前々回のブログで述べたが、目標(やりたいこと)を設定し、それに向かって努力し、達成したとき(もしくは達成できそうなとき)人間は〈自由〉を感じるのだ。つまり、読者は成瀬への共感を通じて〈自由〉を体感しているのではないだろうか。

成瀬はこれからも様々な挑戦を続けることであろう。3作目のタイトルが『成瀬は〈自由〉を謳歌する』となることを秘かに期待している。

(本稿は成瀬を意識して「である体」で記述した。)

 

(1)宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』新潮社、2023年。

【追記】4月18日、作者の宮島未奈氏が本屋大賞受賞報告のため大津市役所を表敬訪問した際、佐藤市長やびわ湖大津観光大使とともにポーズをとる写真がWEBニュース等で紹介された。市長の左側にいる観光大使は、今春立命館守山高等学校を卒業し立命館大学に進学した平良優さんである。

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https://www.mrc.ritsumei.ac.jp/2024/03/21/post-90406/