本校では、2022年度からPTAと連携し、保護者が子育てを学ぶ機会として「親業」の講演会や講座を実施してきました。

「親業」とは、アメリカの臨床心理学者トマス・ゴードン博士(1918-2002)が1962年に提唱し、カウンセリング、学習・発達心理学、教育学等の研究成果をベースに開発された「子どもの自律」を目的としたコミュニケーションプログラムです。アメリカでは、PET(Parent Effectiveness Training)と命名され、直訳すれば「親としての役割を効果的に果たす訓練」、短縮して「親業訓練」「親業」、また「ゴードン・メソッド」とも呼ばれます。アメリカから始まった「ゴードン・メソッド」は、いまや全世界に広がり、日本では1980年に親業訓練協会が発足、40年を越える歴史を経て、現在、様々な講演会や講座が全国各地で開催され、多くの保護者が学んでいます。

「ゴードン・メソッド」は「聞く」「話す」「対立を解く」を3つの柱として構成されています。個人的に最もすぐれていると考えるのは、その「方法」が極めてシンプルかつ明確で、具体性・説得性・再現性を持っている、という点です。講座参加者に伺うと、実際にそれらの方法を使って対話を試みた結果、温かい信頼関係が醸成され、子どもとの関係性が劇的に変化した体験がほぼ例外なく語られます。

トマス・ゴードンは次のように指摘しています。

親が子供を受容することと、受容している気持ちを子供に感じさせることとは別である。親の受容も、子供に伝わらない限り、子供には何の影響も与えない。〔中略〕たしかに受容は自分の内部から発するものであるが、相手に影響を与える強い力となるためには、それを積極的に相手に伝え、形で示さなければならない。積極的な形で受容表現されてはじめて、自分はその人に受容されていることが確信できる。(1)

つまり、子どもに対して愛情を持っていたとしても、それを上手に伝える「方法」を持っていなければ、相手は愛情を受け止めることができない(ことが多い)、という主張です。

このような「方法」を強調すると、しばしば「親が望む方向に子どもを手なずけ、体(てい)よくコントロールするテクニックではないか」との誤解を受けることがあります。たとえば、教育者・作家の鳥羽和久氏は、「子育てについて書かれた本の多くが、方法論的、ハウツー的なものに偏っていることに違和感を覚えてきました。しかし、子育てというのは、どうしてもハウツー的に示せるものではありません」とし、「方法論に頼らないライブ感こそが、本当の子育ての喜び」であると述べています(2)。

鳥羽氏は、自ら学習塾や単位制高校を経営し、数多くの受験生や生徒、保護者との対話を重ねてきた経験から、親の対応が子どもの自律と成長を阻害しうることを厳しく指摘しています。

自分の子をまるで自分の分身のように見てわかったつもりになるのは、子どもを不自由にし、結果不幸にする原因になります。なぜなら、子どもは自分の心の自然に逆らう形であっても、親が作り上げた「私の子ども像」に自分を合わせようとしてしまうからです。そして、子どもはそのせいで心が傷つけられても、それが親のせいとは気づかずに、むしろ自分の至らなさのせいだと考えがちです。だから、親の「わかったつもり」は子どもにとって毒になりやすいのです。(3)

たしかに、鳥羽氏の子どもたちを見る視点には大変温かいものがあり、子どもの自律への願いにあふれたエッセイには深く共感を覚えますし、「ハウツー」に終始し、子育ての理念が明確でない主張が語られている現実も理解できます。しかし、だからと言って「方法論に頼らないライブ感こそが、本当の子育ての喜び」と断じていることには、少々異論があります。現に、鳥羽氏の著作からは、すぐれた「方法論」を随所に垣間見ることができます。

子どもの苦しみを理解して解決しようとするのではなく、解決にこだわらずに、ただ心を通わせる対話ができれば、それで十分です。〔中略〕子どもを理解したいと思う気持ちは、子どもに心を寄せるために不可欠なものですから。解決を急ぐあまり「あなたは〇〇したほうがいい」と上から言いたくなる気持ちを宥めながら、「あなたの苦しいという気持ちはどこから来たんだろうね」と観察者として他人事のように話せば、自分が責められているのではないと気づいた子どもは心を開き、自らの言葉で話し始めます。(3)
私が面談などで親と子どもとの三者で話すときに、ひとつ気をつけていることがあります。それは、子どもに対してこうすべきという話ばかりをしないことです。こうすべきの中には、「あなたはこんなふうにしたらいいと思うよ」というアドバイスも含まれていて、どんなに優しく言ったところでアドバイスというのは上からモノを言うことになるので、子どもはいつも「大人から言われっぱなし」の受動性から脱却して話を聞くことができないのです。(3)

これらの鳥羽氏の「方法論」には、「ゴードン・メソッド」の精神に通じるものを私は感じます。

要するに、「子どもの自律」という子育ての目的、「子どもは自分とは別の人格」との人間観、深い愛情といった「理念」と、子ども自身の判断に働きかけるコミュニケーションの具体的な「方法」を持つこと、その両方が必要なのではないでしょうか。

※6/17付一部改作。

(1) トマス・ゴードン著、近藤千恵訳『親業』大和書房、1998年。

(2) 鳥羽和久『親子の手帖 増補版』鳥影社、2022年。

(3) 鳥羽和久『おやときどきこども』ナナロク社、2020年。