「本物」にこだわる
─ラ コリーナの思想─
滋賀県を代表する和・洋菓子屋さんと言えば、「株式会社たねや」と「株式会社クラブハリエ」を誰もが思い浮かべるでしょう。実は、両社のグループ会社である「たねやグループ」CEO(最高経営責任者)である山本昌仁氏は、ご子息が本校中学校を卒業されたご縁で、本校教育振興会の会長をお務めいただいています(ご子息は中学卒業後アメリカの高校に進学し、現在は海外修業中とのことです)。
先日、ラ コリーナ近江八幡内にある、たねやグループ本社にご挨拶に伺う機会がありました。
ラ コリーナ近江八幡はプライベートで何度か訪問したことがありましたが、「銅屋根」と呼ばれる本社屋は一般公開されておりませんので、入らせていただくのは初めてです。「銅屋根」はバームファクトリー(バームクーヘン工場・店舗)に隣接して建てられています。特別な入口から漆喰壁に覆われた階段を上がると、いったん屋外に出てから、社屋に入り直します。当日は小雨のためすべりやすかったのですが、このあたりはあえて「不便さ」を演出しているような意図を感じ、楽しくなりました。
社屋のエントランスを入ると、幅3m、高さ1.5mほどの、苔で覆われたオブジェに遭遇し、少し驚きます。ラ コリーナ=イタリア語で「丘」をイメージしたものでしょうか。
次に驚くのは、エントランスからオフィスに通じる1枚のドア。幅が50cmくらいしかありません。そこをくぐると、吹き抜けの広大な空間が出現し、手前の受付でネームカードを受け取ります。オフィスは、いわゆる自席が固定されていないフリーアドレスの自由な雰囲気に加えて、あちこちに書架が設置されており、まるで図書室のようです。窓からは八幡山を背景にラ コリーナ近江八幡内の自然が見渡せます。
出迎えていただいた山本CEOは、短髪で黒系のシャツが似合う方で、大変気さくで謙虚、かつ強い信念を感じる方です。山本CEOからは、この間の本校教育のとりくみへの評価と、今後の生徒の探究活動等でのご協力を惜しまない旨のお言葉をいただきました。その際、ラ コリーナ近江八幡の四季の風景と建築・設計を網羅した書籍『ラ コリーナ近江八幡』(藤森照信+たねやグループ編、トランスビュー発行、2017年)を進呈いただきました。
訪問時にはラ コリーナ近江八幡のオープンにまつわるお話には触れられませんでしたが、いただいた書籍および著書を後日拝読し、「ラ コリーナの思想」について思い至ることがありました。
ラ コリーナ近江八幡の構想を検討する際、山本CEOは、後に設計を担当することになる藤森照信氏(建築史家・建築家)から、「やっぱり本物を使わないとダメなんですよ。張りぼてで偽物を作るぐらいだったら、トタンを使うほうが格好いい(1)」との助言を受けたそうです。
レンガを使いたいのであれば、本物のレンガを積むべき。漆喰を使いたいのであれば、本物の漆喰を塗るべき。レンガ風タイルを使うとか、漆喰風クロスを貼るとかいうのでは、長い目で見たとき、明らかに差が出てくる。そんな偽物を使うぐらいなら、トタンを選ぶべきなんだ、そう説明されました。 このとき私の心にズドンときたのは、「本物」という言葉なのです。たねやにとって本物というのがずっと最大のキーワードだったからです。〔中略〕 バームクーヘンが「ドイツのものと違う。偽物や」と批判されたときも、私たちはこう答えていました。私たちは「ドイツ風」を目指していません。これが「本物の」近江八幡のバームクーヘンなのですと。(1) |
トタンでも、時間をきざむとともに風味が増す。遠い将来は本物になる。ならば、五十年先百年先の人が楽しめるよう、自分が歴史のスタート地点になればいいわけです。オープンの時点で完成形でなくてもいい。将来、完成するようなものを作る。 しかも、「どこかにあるものの真似=真似=ナントカ風」ではなく、「ここにしかないもの=本物」を作らなければいけない。(1) |
山本CEOの「本物」にこだわり続ける姿勢から、私は教育のあり方を考える上での大きな示唆をいただきました。
先日の訪問の際、山本CEOに「今年3月の高校卒業式でスピーチいただいた際、原稿を読まずに心を打つお話をいただきましたが、いつも原稿は用意されないのですか」と質問しました。すると、「壇上から生徒のみなさんの様子を拝見し、その時感じた気持ちを表現した方が私にはしっくりくるのです」とのことでした。
「本物」は自然体の中にこそあるのかも知れません。
(1) 山本昌仁『近江商人の哲学 「たねや」に学ぶ商いの基本』講談社現代新書、2018年。