9月7日・8日両日、本校最大のイベントである「あすなろ祭」(文化祭)が開催されます。今回は、本校の文化祭がなぜ「あすなろ祭」と呼ばれているのか、その理由について考察してみました。

国語辞典によると、「あすなろ」とは「ヒノキ科の常緑高木」、つまり檜(ひのき)の仲間で「建築材」「家具」などに使われると説明されています。そして、「明日は檜になろう」から「あすなろ」と呼ばれるという「俗説」があるようです(1)。漢字では、「翌檜」と表記されます。

檜と言えば、耐久性にすぐれ、木目が美しく、ほのかな香りがする、最高級の木材です。温泉旅館に行くと、高級な木の浴槽「檜風呂」があり、神社仏閣の建築にも使われています。つまり、檜は「木材の王者」なのです。「あすなろ」も良い木材ですが、檜には及びません。そこで、「明日はナンバーワンの檜になろう」という願望が込められているというわけです。「明日はナンバーワンになろう」という意味ですから、前向きな、強い意思、肯定的なイメージを感じます。だから「あすなろ祭」なのだろうと私は思い込んでいました。

ところで、「あすなろ」の言葉を世間に広めたのは、なんといっても井上靖の小説『あすなろ物語』だろうと思います。『あすなろ物語』は、主人公梶鮎太(かじ・あゆた)の幼少年時代から、青年時代を経て、社会人になるまでの成長を、6人の女性や友人達との関係を軸に描いた作品として有名です。

そこで、この夏、『あすなろ物語』をあらためて読んでみましたが、実はこの物語において「あすなろ」は良い意味では使われていなかったのです。

作中、鮎太の親戚の少女冴子(さえこ)が次のように語る場面があります。

鮎太はいつか冴子が家の庭にある翌檜(あすなろ)の木のことを、 「あすは檜になろう、あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって! それであすなろうと言うのよ」 と多少の軽蔑をこめて説明してくれたことが、その時の彼女のきらきらとした眼と一緒に思い出されて来た。(2)

つまり、「あすなろ」は「明日は檜になろうと願いながら永久に檜にはなれない諦め、悲しみ」の象徴として、否定的なニュアンスで使われていたのです。私は違和感がぬぐえませんでした。

ところが、小説にはまだ続きがありました。 青年となった鮎太が秘かに想いを寄せる年上の女性信子(のぶこ)から次のように指摘される場面があります。

「だって、貴方は翌檜(あすなろ)でさえもないじゃありませんか。翌檜は、一生懸命に明日は檜になろうと思っているでしょう。貴方は何になろうとも思っていらっしゃらない」
言われてみれば、その通りであった。鮎太は何になろうとも思っていなかった。(2)

つまり、作品を読み進めるにしたがって、「明日は檜になろう」と考える「あすなろ」と、「何になろうとも思っていない」人との対比によって、「あすなろ」の価値がだんだんと見えてくる仕掛けになっていたのです。世の中には「何になろうとも思っていない」人がたくさんいる、主人公もその一人だとの自覚を持ち、自分も「あすなろ」でありたいと願う、というストーリーで小説は展開します。そうだとすると、「あすなろ」にも肯定的な意味が出てきます。

要するに、「あすなろ」には、「檜になる目標を達成する」という「結果」も大事だが、それ以上に「檜になる目標に向かって努力すること」に価値がある、という意味が込められているのです。「結果」そのものよりも「努力」したかどうかが大事だということです。

その後、たまたまウェブサイトを見ていたら、「あすなろ」に関係がある以下の言葉を見つけました(発言者不詳)。「努力」と「結果」の関係をうまく説明しています。

努力して結果が出ると、自信になる。
努力せず結果が出ると、傲りになる。
努力せず結果も出ないと、後悔が残る。
努力して結果が出ないとしても、経験が残る。(3)

この夏休み期間中、高校サイテック部2年生チーム「Edge」がロボカップジュニア世界大会で総合優勝という快挙を達成したことをはじめ、本校生徒のみなさんはそれぞれの目標に向けて様々な活動に取り組みました。在校生にとどまらず、卒業生の吉村美穂さんはパリ五輪フェンシング女子エペ個人で東京五輪金メダリストを破る大金星を上げ、3回戦まで進出する成果を挙げました。

目標を達成できた、できなかった、結果はいろいろでしたが、みなさんが一所懸命に努力して得た「自信」と「経験」は次の挑戦への貴重な財産です。目標に向かって努力した人は全員「あすなろ」です。近い将来、「あすなろ」たちの中から「檜」が誕生することを期待しています。

※8月26日の2学期始業式講話に加筆しました。

(1) 『大辞林 第3版』三省堂、2006年。
(2) 井上靖『あすなろ物語』新潮文庫、1958年。
(3) 北海道医療大学サイト「努力・練習・勝負に関する名言」
https://www.hoku-iryo-u.ac.jp/~amefuto/maximum%20the%20maxim/effort1.html