「はて?」は時代を切り拓く
─対話を通じた相互理解─
今年の流行語大賞にノミネートされた「はて?」は、NHK朝の連続テレビ小説「虎に翼」の主人公、伊藤沙莉演じる猪爪寅子(いのつめ・ともこ)が、大事な場面で発する「決めゼリフ」です。
このドラマは、日本史上初の女性弁護士の一人で、後に裁判官を務めた実在の人物、三淵嘉子(みぶち・よしこ)をモデルに、彼女の人生を描いた作品です。コメディ的要素あり、理不尽に立ち向かうヒーロー的要素あり、家族や夫婦のあり方を描いた感動的要素ありの、何よりも俳優陣の演技力が素晴らしい、日本の連続ドラマ史上、日本の連続ドラマ史上の最高傑作だと私は思います。
ドラマでは、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と高らかに謳う日本国憲法第14条が全体を貫くテーマになっています。「法の下の平等」は、現在では当たり前の感覚ですが、戦前は「不平等」が常識の時代だったのです。女性参政権が実現したのは戦後であり、80年ほど前のことです。それ以前は、夫婦間においても、妻は「無能力者」とされ、働くには夫の許可が必要で、妻が夫の許可を得て働いて得た財産はすべて夫に管理されるなど、女性の権利は著しく制限されていました。そういう時代に、しかも、まだ女性に弁護士資格が与えらなかった時代に、法律を学んで弁護士を志したわけですから、主人公はまさにフロンティア、開拓者と言えます。
また、このドラマでは、「法の下の平等」が認められて80年近く経過した現在においても、「夫婦別姓」や「同性婚」等、日本では未だに解決できていないテーマを真正面から描いています。今私たちが生きる社会の現状がなぜ、どのようにして生まれたのか、その歴史的経緯がよくわかるドラマでした。
さて、冒頭の「はて?」は、主人公寅子が、そうした社会の不条理にぶつかったとき発するセリフです。例えば、当時は一定の経済力のある家庭では女学校を卒業するとお見合い結婚するのが常識となっていましたが、主人公寅子はそれが嫌で、お見合いの前夜、大阪の歌劇団に入るという理由で家出を試みますが、失敗してしまいます。「結婚に対して全く胸が躍らない」と弁明する寅子に、石田ゆり子演じる母は「そんなフワフワした理由のために、家族に迷惑をかけて。女学校まで行かせたのに、情けない」と応じます。その時、寅子は「はて?」とつぶやいた後に、「女学校は勉学に励む場所です。そこで得た知識を活かすために、結婚ではなく、仕事をしたいと思うのは、おかしいでしょうか?」と続けて、再び母親の怒りを買うことになります。
脚本家の吉田恵里香さんは次のように語っています。
納得いかない、疑問を感じる、分からない、ということについて、なるべく相手を否定しない形で、どういう意味なのか、対話しよう、ということを念頭において考えた言葉です。それこそ、作品を通して何回も出てくる「思ったことは口に出したほうがいい」「声を上げる」がテーマで、その一つとして、最初から敵対するわけじゃなく、相反する意見を持っている相手でも、話し合えば何か着地点があったり、実は言葉が足りていなくて誤解だったりすることもある。そういうことをできるワードが「はて?」です。(1) |
「私はあなたの意見に反対です」と自分の意見をはっきり述べるのも時には大事なことですが、場合によっては決裂して、対話を閉ざしてしまう可能性もあります。しかし、相手を否定せずに、疑問を投げかける、この「はて?」から入ることにより、対話を通じた相互理解を可能とする言葉なのです。
みなさんも、納得行かないこと、疑問に感じたことがある場合は、少しの勇気をもって、「はて?」と相手に対話を呼びかけてみませんか?本校の教員は、生徒のみなさんからの「はて?」の一言を待っています。
※この記事は、12月20日2学期終業式講話に加筆したものです。
(1) 朝日新聞デジタル記事「『虎に翼』脚本家・吉田恵里香さんの『はて?』 自分にできることは」(2024.10.10)