歴史の痛みを知り、教室から平和をつくる。
─「立命館憲章」から学ぶリスペクト・マインド─
─「立命館憲章」から学ぶリスペクト・マインド─
立命館で学び働く全員が大切にすべき「約束」である「立命館憲章」が、社会の変化と学園の発展をふまえ、この春20年ぶりに新しくなりました。大学・附属校の先生や職員だけでなく、中学生・高校生、さらには小学生まで、学園に集うあらゆる人々の意見を聞き、何度も話し合いを重ねて作り上げられたものです。 一部の大人だけで決めるのではなく、みんなの声を聴き、対話によって物事を決めていく──。このプロセスそのものが、立命館が大切にしている「民主主義」に他なりません。
さて、この新しくなった憲章の中には、私たちが決して忘れてはならない重い一文があります。「立命館は第二次世界大戦の痛苦の体験を踏まえ、歴史を誠実に省みて戦争と暴力を否定し、平和の理想を希求し続ける」という一文です。なぜ、これほど強く「戦争や暴力の否定」が刻まれているのか 。 それは、立命館には忘れることのできない「歴史の痛み」があるからです。
今から約80年前の戦争中、立命館は、国の方針に従い、ペンを銃に持ち替えさせ、未来ある若き学生たちを自ら戦場へと送り出しました 。これを「学徒出陣」といいます。本来、学生たちの命と学びを守るべき場所であった学校が、戦争に積極的に協力し、教え子たちを戦地に追いやる手助けをしてしまったのです。 立命館は、この過去の過ちを誠実に反省しています。だからこそ、立命館は「いかなる理由があろうとも暴力は絶対に認めない」「平和を追い求め続ける」という決意を、学園の魂として掲げ続けているのです。
一方、今この瞬間の「世界」に目を向けると、中東ではアメリカ・イスラエルによるイランに対する、国際ルールを無視した、激しい戦争が起きています。この戦争によって、罪もない多くの市民が犠牲になり、その被害は周辺の国々へも大きく広がっています。2週間の停戦合意がなされたようですが、予断を許さない状況が続いています。
これは「遠い国の出来事」ではありません。連日報道されている通り、この戦争は、石油の90%以上を中東に頼る日本に住む私たちの生活を今まさに直撃しています。戦争の影響で輸入が止まれば、物価高騰はもちろん、私たちの身の回りにあるプラスチック製品、洗剤、衣類といった石油から作られるあらゆる日用品が手に入らなくなります。深刻なのは病院です。注射器や点滴のチューブ、手術で使う道具の多くも石油を原料としています。戦争が続くことで、私たちが病気や怪我をした時に必要な「医療用具」が不足し、守れるはずの命が守れなくなるかもしれません。 世界はつながっています。どこかで振るわれた暴力は、巡り巡って私たちの生活や命を脅かすのです。
では、このような時代に、中学生・高校生である皆さんは何をなすべきなのでしょうか。
それは、第一に「学ぶこと」です。ニュースを見て「怖い」「かわいそう」と思うだけで終わらせてはいけません。「なぜアメリカやイスラエルとイランは対立しているのか?」「そこにはどんな歴史があるのか?」「世界はなぜ戦争を止められないのか?」と、強い関心を持って下さい。 戦争や暴力は、「無知」と「想像力の欠如」によって拡大していきます。相手のことを知らないからこそ、自分たちだけの正義を絶対だと信じ込み、力でねじ伏せようとしてしまう。歴史を学び、世界の仕組みを知り、自分の頭で考えること。これこそが、皆さんが今すぐ始められる「平和への第一歩」であり、「学びへのリスペクト」につながります。
第二に、「教室の中で平和を形につくること」です。大きな戦争も、その根っこにあるのは「自分と違う考えを持つ人を認めず、仲間外れにしたり、力で支配しようとしたりする心」です。 皆さんが、教室で、自分と違う友人を無視したり、言葉やSNSを使って傷つけたりすることは、規模が違うだけで「戦争」の始まりと同じです。新しい「立命館憲章」には、「多様性を尊重する」という言葉が力強く記されました。自分と違う個性や意見を持つ相手を、排除するのではなく、相互に認め合い、対話によって分かり合おうとする。この「他者へのリスペクト」こそが、皆さんが今日から実践できる「平和の追求」なのです。
最後に、「規律ある自由を実践すること」です。今、イランに暮らす人々、特に皆さんと同じ10代の若者たちには、当たり前の「自由」がありません。彼らは日々、生きるか死ぬかという過酷な状況に置かれています。一方、日本に暮らす皆さんには自由があります。安全な教室で学び、自分を表現し、未来を描く自由です。本校でも皆さんの多様性を大切にしたいと考えています。しかし、その恵まれた自由は決して「自分勝手にしていい」ということではありません。自由には、常に周囲への配慮や社会のルールを守る責任が伴います。例えば、式典という厳粛な場にふさわしい服装を整えること。登下校時のバスや電車内で、周囲の方々に迷惑をかけないよう乗車マナーを守ること。そして、日常における気持ちの良い挨拶や礼儀を尽くすこと。これらは決して皆さんを不当に縛るものではなく、社会という共同体で共に生きるための「社会へのリスペクト」なのです。当たり前に自由の重みを理解し、他者を思いやり、規律ある自由を実践できる人間であってこそ、私たちは本当の意味での豊かな自由を享受することができます。
「立命館憲章」は「未来を信じ、未来に生きる」という言葉で締めくくられています。皆さん一人ひとりが互いに切磋琢磨しながら、「4つのリスペクト」を実践し、学び成長することこそが、暴力のない「未来」を創る確かな希望なのです。
※4月9日中学・高校それぞれの始業式における校長講話の内容を再構成しました。