ベトナムから来た17歳の男子高校生が静かに歌い始めると、会場は水を打ったように静かになります。
「♫知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道〜」
その場にいた誰もが度肝を抜かれた、まさにそんな瞬間でした……。

AEONワンパーセントクラブが主催する「2026年度ティーンエイジアンバサダー」に本校が選ばれ、一昨年度の中国に続き、今回はベトナムの高校生との相互訪問が実現しました。

ティーンエイジ アンバサダーは、日本と海外の高校生が、互いの国を訪問し、国際的な相互理解と親交を深める交流プログラムです。文化や伝統、生活習慣の異なる同世代の若者たちが小さな大使(アンバサダー)となり、「表敬訪問活動」「交流活動」「歴史・文化活動」の3つの活動を通じて交流します。(1)

相手校はベトナム・ハノイにある有名進学校、ヴェットドック高校。両校から男女8人ずつが代表となり、両国で約1週間ずつ相互訪問します。今回はヴェットドック高校が来日し、東京で国会・外務省・大使館を表敬訪問。滋賀県観光を含め、日本の家庭で3日間のホームステイを体験しました。10月には、本校生徒がベトナムを訪問する予定です。

ところで、冒頭のエピソードは、滋賀県大津プリンスホテルで開催されたフェアウェルパーティでの出来事です。今回の訪問メンバーの中に、ベトナムの歌唱コンテストで準優勝に輝いた男子生徒がいて、自己紹介を兼ねてその歌唱力を披露してくれたのです。

曲は美空ひばりの「川の流れのように」。日本を代表する名曲を、17歳のベトナムの青年が、日本語で、しかも生歌で届けてくれました。その事実だけで胸が熱くなりますが、私にはもう一つ、心に刺さる歌詞がありました。
「地図さえない それもまた人生」
この言葉が、この一週間のすべてを言い当てているように、私には聞こえたのです。

フェアウェルパーティでは、参加した生徒と保護者が一組ずつ、ホームステイの思い出を語ってくれました。聞いていて気づいたのは、「計画通りにいかなかった」話ほど、会場が温かい笑いと共感に包まれたということです。

ある保護者の方は、こんなふうに話してくださいました。通訳役だった息子が日曜日にどうしても外せない用事があり、英語が十分でない中、ベトナムの生徒に「サッカーの試合が見たい」と言われた。折しも2026年W杯の真っ最中。夫婦でリビングに並び、一緒に観戦したのだと。「思わぬ英語の勉強になりました」という締めくくりに、会場は笑いに包まれました。

また別の保護者の方は、こんな一言を残してくださいました。「一つだけ言えることは、もっと若いうちに英語を勉強しておけばよかった、ということです」と。笑いを誘いながらも、その言葉には、子どもの挑戦に引きずられるように自分も川へ飛び込んでしまったことへの、正直な驚きと喜びが滲んでいました。

国際交流は、生徒だけが成長するプログラムではありません。子どもが一歩踏み出すことで、保護者もまた、地図のない川へと引き込まれていく。そんな場面が、この3日間あちこちで静かに起きていたのだと思います。

もう一つ、こんなエピソードがあります。英語がとても苦手だという男子生徒が、ベトナムの仲間たちに向かって、勇気を振り絞ってこう言ったそうです。
「My English is very perfect.」
返ってきたのは、全員が口を揃えての「No!」でした(笑)。
どれだけ完璧な英語を話せるかではなく、何とかして伝えようとする意志と、それを笑いで受け止める温かさ。その瞬間に生まれたものこそが、本物の交流だったのではないでしょうか。彼は「10月までに必ずレベルアップして、またベトナムの皆に会いたい」と力強く語ってくれました。

地図がないから、失敗する。失敗するから、笑い合える。笑い合えるから、友達になれる。
国際部主任の吉本教諭が、パーティの場でこう語っていました。「ベトナムに実際に行くことで、価値観がゴロッと変わると思う。たくさん失敗したらいい」と。まさにその通りだと思います。失敗を恐れて岸に立ち続けるより、転びながらでも川の流れに飛び込んでいく方が、ずっと豊かな景色に出会えるのだと、この一週間は教えてくれました。

今度は本校の生徒8名が、ヴェットドック高校を訪問する番です。今回のホームステイで受け取った温かさを、今度は自分たちが届けに行く。どんな計画外の出来事が待っているかは、誰にもわかりません。でも今の彼ら彼女らなら、その「わからなさ」を、むしろ楽しみとして受け取れるのではないでしょうか。地図を持たない挑戦が、いま始まろうとしています。

注釈
(1) 公益財団法人「AEONワンパーセントクラブ」サイト
https://aeon1p.or.jp/1p/international/highschool/