言葉が人の心に届く理由
─ サッカーW杯をふりかえる─
─ サッカーW杯をふりかえる─
「無敵艦隊」スペインの優勝に終わったサッカー・ワールドカップ北中米大会は、日本代表が3大会連続5度目の決勝トーナメント進出という成果を挙げながらも、商業主義の加速、人種差別発言、米大統領による政治介入疑惑など、話題に事欠かない大会でした。
さて、今回の話題は少し大会そのものから逸れますが、テレビ中継の解説で話題になった「あの人」についてです。そう、「あの人」とは、NHK放送で解説を務めた、元日本代表本田圭佑さんです。
| 11番(ガクポ)がめっちゃうざいんですよね。 もう相手はきょうガクポや。1にガクポ、2にガクポ、3にガクポ。 押してるてレフェリー!見ていまの、押してるやん!アカンやんこれ押してるやん…ファウルにならへんかぁ。(1) |
こうした率直で、時に関西弁そのままの解説は、従来のスポーツ中継の言葉とは少し違っていました。そして、NHKが公式動画で「本田語録」として取り上げ、新聞各紙が言語学者のコメントを掲載するほどの話題になりました。なぜ彼の言葉はここまで人の心をつかんだのでしょうか。私はその理由を、単なる話術の面白さではなく、その言葉の背後にある「生き方」や「経験」にあるのではないかと考えています。
本田圭佑さんは小学校6年生の卒業文集に次のように書きました。
「Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。そしてレギュラーになって10番で活躍します」(2)
セリエAとは、当時世界最高峰と言われたイタリアのプロサッカーリーグです。彼は中学進学と同時にガンバ大阪のジュニアユースに入団したものの、高校ではユースチームへの昇格ができませんでした。それは、「エリートコースから外れた」瞬間でした。
その後、本田さんは石川県の星稜高校でサッカーを続け、高校卒業後に名古屋グランパスと契約を結びます。その条件はただ一つ、「海外移籍を認めること」でした。入団の時点で、すでに次のステージを見すえていたわけです。名古屋からオランダへ、オランダからロシアへ、そしてセリエAのACミランで背番号10を着けます。小学6年生が文集に書いた夢が、20年後に実現しました。
本田さんは、2022年のインタビューで「成果を出せる人の条件」について次のように語っています。
| 受け身じゃない人ですね。指示を待たないで、どうやったら結果を出せるかを自分で考えて行動できる人。 たくさん働ける人が「質が大事だ」と言うのは理解できます。でも、たくさん働けない人、働きたくない人が「量じゃない、質だ」と言っても、それは働きたくないだけの話なので。 量をこなしたことがない人間が質に対して話をしても、何の説得力もないです。(3) |
「量から質への転換」という言葉があります。
例えば、1年間留学した生徒の多くは帰国後、次のように語ります。
「昨日まで全然聞き取れなかった英語がある日突然聞き取れるようになりました」
成長は、毎日少しずつ直線的に進むとは限りません。ある日突然、「あ、できた」と感じる瞬間が来る。しかしその突然は、偶然ではありません。見えないところで積み重ねた量が、ある瞬間に質へと飛躍的に変わるのです。
ただし、本田さんの言う「量」とは、ただ漫然と長い時間をかけることではなく、自分の問いや目的を持って物事に真剣に向き合い、試して、失敗して、また試す──その体験の深さと密度のことだと私は理解しています。
今の時代、「タイパ」「コスパ」という言葉が当たり前のように使われます。もちろん、効率を大切にすることは必要です。しかし、体験には深さと密度がなければ、ホンモノにはなり得ません。勉強も、探究も、人間関係も、ただ時間を短縮するだけでは得られない学びがあります。
その後、彼は、カンボジア代表の監督に就任したり、アフリカのプロサッカークラブを経営したり、そして今年のワールドカップではNHKの解説者として日本中を沸かせました。
本田さんの解説が人の心をつかんだのは、ただ単に話し方が面白かったからだけではないと私は思います。日本で、オランダで、ロシアで、イタリアで、カンボジアで、さまざまな文化や価値観の中に身を置き、自分の頭で考え続けてきた人の言葉だったからではないでしょうか。経験のない言葉は軽い。でも、自分で考え、行動し、悩み、積み重ねた先に出てくる言葉は、人に届く。
この夏、ぜひ一つ、自分の問いを言葉にしてください。そして、その問いに少し深く向き合って下さい。
すぐに答えが出なくてもかまいません。むしろ、簡単には答えが出ない問いに向き合う時間こそが、大切なのです。
そういう夏休みにしてほしいと願っています。
※7/17終業式の校長講話を加筆修正しました。
注釈
(1) NHKサイト「FIFAワールドカップ2026 本田解説語録」
https://www.nhk.jp/g/fifaworldcup/blog/2bitj__86pc/
(2) ゴリミーブログ
https://blog.gori.me/blog/32960#google_vignette
(3) CARRY ME magazineサイト
https://carryme.jp/magazine/honda-osawa2/#_-2