「七転八起(しちてんはっき)」という四字熟語があります(「七転び八起き」と同義)。七度倒れても八度目には起き上がる、負けを重ねてもなお挑み続ける者にいつか結果がついてくる、という意味です。今回ご紹介するのは、高校卒業後も出場資格を生かして挑戦を続けた、サイテック部OBチーム「AIR(エアー)」の物語です。

事の発端は2年前、2024年のロボカップ全国大会にさかのぼります。当時、高校1年だったAIRは同学年のチーム「Edge(エッジ)」に及ばず、63チーム中7位という不本意な結果に終わりました。一方のEdgeは翌年の世界大会(オランダ・アイントホーフェン)で部門総合優勝を果たします。キャプテンの内田朝陽さん(理工学部1回生)は、その夜のことをこう振り返ります。
「日本から世界大会決勝の配信を、夜中にずっと見ていました。Edgeが勝った瞬間、これ勝ちたいな、この感覚を味わいたいなと思って。自分たちもまだ出場できる年齢だったので、出るしかないと思いました」

その悔しさをばねに、翌2025年、AIRは全国大会3位を経てブラジル・サルバドールでの世界大会に初出場を果たし、総合3位という結果を残しました(1)。それでも喜びより悔しさの方が強かったと、内田さんは語ります。
「準決勝でのマシントラブルは、機械の故障というより自分たちの不注意でした。3位になったんですが、そこで満足したら止まってしまう。日本一になった上で世界一も取らないと、と思いました」
以来、高校卒業と立命館大学進学をまたいでの世界一をめざし、非公式大会にも積極的に出場、常に改善点を探し続けたそうです。

2026年は、高校卒業とともに拠点がバラバラになるという新たな壁がありました。防御プログラムやカメラ周りを担当した狩野浩甫さん(情報理工学部1回生)は「高校時代は毎日顔を突き合わせていたのが、BKCとOICでキャンパスが離れたため、急にチャットだけになって、意思疎通がなかなか難しかった」と話します。機体の3Dプリンター製作を担当した中沢謙吾さんは、過去4年分のロボカップジュニアの発表ポスターを英語まですべて読み込んできたといい、「自分は誰よりもロボカップへの愛があると思っている」と、設計面でもチームをリードしてきたことを語ってくれました。大会直前にボールの規格やその他のルール変更が重なる中、世界大会の1週間前に1台目、3日前に2台目がようやく完成。立命館守山のコートで直前まで調整を続けました。

現地でも試練は続きました。初日は、これ以上負ければ決勝トーナメントに進めないという状況の中で2敗。性能向上のために追加した機構が、かえって赤外線の受信を妨げていたことが判明し、夜通しの調整で2日目から機体を戻したところ、そこから勝ち進みました。「俺らならいける、いけるって声をかけ合った結果、強敵にも得点差をつけて勝てました」と内田さん。決勝は前半を1対1で折り返す接戦となりましたが、後半に得点を重ね、悲願の総合優勝を果たしました。

振り返ると、サイテック部は、2023年Edge世界4位、2024年Edge世界一、2025年AIR世界3位、そして2026年に再びAIRが世界一。4年のうちに世界一を2度、世界3位と4位を1度ずつ手にしたことになります。一つのチームが一度勝って終わるのではなく、負けたチームの悔しさが次の挑戦の力に変わり、それがまた次のチームへと引き継がれていく。そうした流れの中に、AIRの世界一があったのです。

9月4日、3人は朱雀キャンパスを訪問し、仲谷総長に世界一の成果を報告しました(2)。仲谷総長は、「今ロボットは中国が強いと言われるけど、そうじゃないぜっていうところを見せてほしいですね」と語り、災害レスキューやエンターテインメントなど、ロボット技術を社会に役立て、将来は起業にも挑戦してほしいとの熱い期待を寄せられました。

彼らの話を聞いて、七度倒れても八度目に起き上がる力は負けを次に生かそうとする姿勢から生まれることを実感しました。そして、現在、来年のドイツ大会に向けて、後輩たちの挑戦がすでに始まっています。「七転八起」の物語には、まだ続きがありそうです。

注釈
(1) 「校長独言49 世界に挑戦することの価値 ─ロボカップ世界大会を語る─」(2025.10.5)参照。
https://www.mrc.ritsumei.ac.jp/blog-principal/blog_principal-216230/
(2) 立命館大学サイトTOPICS(2026.09.10)総長訪問の記事参照。
https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=4600